スマートシティを支える次世代通信インフラ:5G/Beyond 5Gがもたらす機会と直面する課題
スマートシティの実現において、都市内の様々なデータ収集、分析、活用を担う基盤として、高性能な通信インフラは不可欠な要素となります。特に、第5世代移動通信システム(5G)とその先の技術(Beyond 5G、6Gなど)は、その能力により従来の通信技術では難しかった新たな都市サービスの実現を可能にする「光」をもたらす一方で、導入・運用における様々な「影」となる課題も内包しています。本稿では、次世代通信インフラがスマートシティにもたらす機会と、政策決定や計画立案において考慮すべき課題について検証します。
次世代通信インフラがもたらす機会(光)
5G/Beyond 5G通信は、主に「高速・大容量」「低遅延」「多数同時接続」という3つの特徴を持ちます。これらの特徴は、スマートシティにおける以下のような機能高度化に大きく貢献する機会を提供します。
1. 高度なデータ利活用の実現
高速・大容量通信により、都市内に設置された多数のカメラやセンサーから得られる膨大なリアルタイムデータを滞りなく収集・伝送することが可能になります。これにより、AIによる高度な交通流分析、防犯カメラ映像の即時解析、環境モニタリングデータの高精度化などが実現し、より精緻でタイムリーな都市運営や市民サービス提供の基盤が構築されます。例えば、交通状況に応じて信号制御を最適化したり、不審な動きを検知して警備員に通報したりといった応用が進むことが期待されます。
2. リアルタイムサービスの展開
低遅延通信は、ラグの少ないインタラクティブなサービスを実現します。これは、自動運転車両の遠隔制御や協調走行、遠隔医療における高精細映像伝送やロボット操作、産業分野における遠隔作業支援など、リアルタイム性が求められる分野で特に重要です。都市内の移動効率向上、医療サービスの質向上、インフラ点検の効率化といった形で、市民生活の利便性や安全性の向上に寄与する可能性があります。
3. 広範なIoTネットワークの構築
多数同時接続が可能になることで、センサーやデバイスを都市のあらゆる場所に安価に設置し、広範なIoT(モノのインターネット)ネットワークを構築することが容易になります。これにより、橋梁やトンネルなどのインフラ設備の劣化状態を常時監視したり、ゴミ箱の満量状態を把握して収集ルートを最適化したり、街路灯や公園の設備利用状況をモニタリングしたりといった、これまで難しかったきめ細やかな都市の「見える化」と効率的な管理が可能となります。
次世代通信インフラ導入・運用における課題(影)
次世代通信インフラは大きな機会を提供する一方で、その導入・運用には無視できない多くの課題が存在します。
1. 高額なインフラ構築・運用コスト
5G/Beyond 5Gネットワークを都市全体に稠密に整備するには、従来の通信インフラと比較して多数の基地局設置が必要となり、莫大な初期投資が発生します。また、高度な技術を維持・運用するためのランニングコストも課題となります。自治体にとっては、限られた財源の中でどのように整備費用を捻出し、将来的な運用費用を賄っていくのかが重要な検討事項となります。官民連携モデルの構築や、特定のユースケースに特化したエリア整備から段階的に進めるなど、費用対効果を考慮した計画が求められます。
2. サイバーセキュリティリスクの増大
ネットワークに接続されるデバイスやシステムの数が爆発的に増加することは、サイバー攻撃の対象領域が広がることを意味します。多数のIoTデバイスは、セキュリティ対策が不十分な場合、容易な侵入経路となり得ます。また、都市運営の根幹に関わるインフラがネットワーク化されるため、通信途絶やデータ改ざん、サービス妨害といった攻撃が市民生活や社会機能に深刻な影響を与えるリスクが高まります。強固な暗号化技術、アクセス制御、継続的な監視体制、インシデント発生時の対応計画など、多層的なセキュリティ対策の設計と運用が不可欠です。
3. ネットワークの信頼性とレジリエンス
スマートシティでは、交通制御や防災システムなど、一瞬の途絶も許されない重要インフラが通信ネットワークに依存するようになります。自然災害や大規模なサイバー攻撃によって通信網が機能不全に陥った場合の影響は甚大です。複数の通信事業者の利用、物理的な冗長化、非常時優先通信の確保、衛星通信などの代替手段の検討といった、ネットワーク全体の信頼性向上と災害時におけるレジリエンス(回復力)を高めるための対策が求められます。
4. プライバシーとデータ保護の懸念
多数のセンサーやカメラ、デバイスが都市活動データを収集・伝送することで、個人の行動や属性に関する膨大なデータが通信ネットワーク上を流れることになります。これらのデータが適切に管理・保護されず、意図しない形で収集・利用されたり、漏洩したりするリスクが高まります。匿名化や個人情報非特定化技術の活用、アクセス権限の厳格な管理、データ利用目的の明確化、透明性の高い情報公開、そして市民からの信頼を得るためのデータガバナンス体制の構築が、プライバシー保護の観点から極めて重要になります。
5. 技術の陳腐化と長期的な運用
次世代通信技術は進化が速く、5Gの導入が進む中でBeyond 5Gや6Gといったさらに先の技術の議論も始まっています。一度インフラを整備すると、その更新やメンテナンスには多大なコストと労力がかかります。技術の陳腐化リスクを考慮した上で、将来的なアップグレードやシステムの柔軟性を確保するための計画を立てる必要があります。特定の技術やベンダーに過度に依存しない設計や、オープンな技術標準の採用なども検討すべき課題となります。
政策決定への示唆
自治体がスマートシティにおける次世代通信インフラの導入を検討する際には、単に技術的な可能性だけでなく、上記のような光と影の両側面を総合的に評価する必要があります。
- 目的の明確化と費用対効果: どのような都市課題を解決するために通信インフラを活用するのか、具体的なユースケースとそれによって得られる社会便益、そして導入・運用コストを定量的に比較分析することが重要です。
- リスクアセスメントと対策: サイバーセキュリティ、ネットワーク障害、プライバシー侵害などの潜在的リスクを事前に評価し、それらに対する具体的な技術的・組織的対策、法制度上の整備を含めた包括的なリスク管理計画を策定する必要があります。
- 公平性とインクルージョン: インフラ整備の地域間格差が生じないよう配慮し、技術の恩恵が特定の層だけでなく、高齢者や障がい者を含む全ての市民に行き渡るためのデジタルインクルージョン施策と併せて検討を進める必要があります。
- 市民との対話: 技術導入によって市民生活がどのように変わり得るのか、メリットとリスクについて透明性を持って情報を提供し、市民の理解と信頼を得るための継続的な対話と合意形成プロセスが不可欠です。
次世代通信インフラは、スマートシティ実現のための強力なツールとなり得ますが、その導入は技術的な側面だけでなく、経済性、安全性、倫理、そして社会的な公平性といった多角的な視点からの慎重な検討を要します。光の恩恵を最大限に活かしつつ、影となる課題に対して適切な対策を講じることで、持続可能で市民にとって真に価値のあるスマートシティの実現に繋がると言えるでしょう。