スマートシティにおけるデジタル格差の克服:技術導入の課題と公平な社会実現へのアプローチ
はじめに
スマートシティの構想は、先進技術の活用により都市機能の効率化や住民サービスの向上を目指すものであり、世界中でその推進が進められています。しかし、技術導入がもたらす「光」の側面だけではなく、新たな「影」の側面、特にデジタル格差の拡大という課題にも目を向ける必要があります。技術の恩恵を誰もが等しく享受できるわけではない現状は、スマートシティが目指す「誰一人取り残さない」包摂的な社会の実現において、無視できない論点です。本稿では、スマートシティ化が進む中で懸念されるデジタル格差の現状と拡大リスク、そしてそれを克服し公平な社会を実現するための政策的なアプローチについて検証します。
スマートシティ文脈におけるデジタル格差の様相
デジタル格差(デジタルデバイド)とは、インターネットやICT(情報通信技術)の利用環境やスキル、知識の有無によって生じる個人間や集団間の情報や機会の格差を指します。スマートシティの文脈では、この格差はより複雑な様相を呈します。単にインターネットに接続できるかどうかに留まらず、以下のような要因が複合的に影響します。
- アクセス環境の格差: 高速通信インフラや公共Wi-Fiなどへの物理的なアクセス機会の地域間・経済的格差。
- デバイス所有・利用の格差: スマートフォンやパソコンといった高機能なデバイスの購入・維持に関する経済的負担や、それらを使いこなすためのハードル。
- リテラシー・スキルの格差: デジタルツールの操作方法、オンラインサービスの利用方法、インターネット上の情報を見極める能力などの違い。
- サービスの設計による格差: デジタルサービスが主軸となり、アナログな代替手段が提供されない、あるいは著しく利便性が低い場合の非デジタル層の排除。
- プライバシーやデータ利用への懸念: 個人情報の提供や技術による監視への抵抗感が、便利なサービスの利用を妨げる要因となるケース。
これらの格差は、高齢者、障がい者、低所得者、都市部から離れた地域に住む人々など、特定の属性を持つ人々の間でより顕著になる傾向があります。
スマートシティ化がデジタル格差を拡大させるリスク(影)
スマートシティ推進は、サービスのデジタル化・オンライン化を加速させます。これにより、これまで行政窓口や電話で行っていた手続きがオンラインのみで可能になったり、交通情報や防災情報などがデジタルデバイスを通じてのみ提供されるようになったりすることが考えられます。このような変化は効率化や利便性向上をもたらす一方で、以下のようなリスクを伴います。
- サービスからの排除: デジタルデバイスを持たない、あるいはデジタルリテラシーが低い人々は、必須の公共サービスや生活に役立つ情報にアクセスできなくなり、社会から孤立する可能性があります。
- 機会の不均等: スマートシティが提供する新たな雇用機会や学習機会(オンライン講座など)が、デジタルスキルを持つ人々に限定されることで、所得やキャリア形成における格差が固定化・拡大する恐れがあります。
- 安全・安心の格差: 災害時の緊急情報や地域安全に関する情報がデジタルチャネル経由で主に提供される場合、それにアクセスできない人々は相対的に危険に晒されるリスクが高まります。
- 市民参加の偏り: 政策形成や地域活動への参加がオンラインプラットフォームに移行すると、デジタルに不慣れな層の声が反映されにくくなり、特定の層の意見のみが都市の意思決定に影響を与える可能性があります。
技術の導入が、意図せずして社会の分断を深め、既存の社会課題を悪化させる可能性がある点は、スマートシティ推進において十分に認識されなければなりません。
デジタル格差克服に向けた政策的アプローチ(光)
スマートシティが真に包摂的な都市となるためには、デジタル格差の解消に向けた積極的かつ多角的なアプローチが必要です。自治体は、技術導入と並行して以下の施策を検討することが重要になります。
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ユニバーサルなアクセス環境の整備:
- 公共施設や中心市街地だけでなく、住宅地や郊外を含むエリアでの公共Wi-Fi網の整備。
- 安価または無償で利用できる公共端末の設置(図書館、公民館、駅など)。
- 低所得者層向けの通信費支援プログラムの検討。
- 地域の実情に応じたモバイル通信インフラの維持・拡充。
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デジタルリテラシー向上のための支援:
- 高齢者、障がい者、子育て世代、外国人住民など、多様な対象に向けた実践的なデジタル講座・研修の実施。
- 地域ボランティアや学生などによる個別相談・サポート体制の構築。
- オンライン教材やチュートリアルの開発と、それらへの容易なアクセス確保。
- 小学校教育におけるプログラミング教育や情報モラル教育の充実。
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サービスのユニバーサルデザインと代替手段の確保:
- スマートシティサービスの設計段階から、アクセシビリティとユーザビリティを最優先事項とする。様々な能力を持つ人々が容易に使えるデザインを追求する(ユニバーサルデザイン)。
- デジタルサービスだけでなく、電話、窓口、郵送など、アナログな代替手段を併存させ、利用者が選択できる仕組みを維持・提供する。
- デジタルサービスへの導線を分かりやすくし、利用方法に関する問い合わせ窓口を充実させる。
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市民参加と対話の促進:
- スマートシティ構想の策定やサービス設計プロセスに、デジタルに不慣れな層を含む多様な市民の意見を反映させる仕組みを構築する。ワークショップや説明会などを、オフラインも含め多様な形式で開催する。
- 技術導入による潜在的なリスク(デジタル格差含む)について、市民との間で開かれた対話を行い、懸念の解消に努める。
- 地域のNPOや市民団体と連携し、草の根レベルでのデジタル支援や意見収集を行う。
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データに基づいた格差状況の把握と政策評価:
- 地域内のデジタル利用状況、デバイス所有率、リテラシースキルに関するデータを定期的に収集・分析し、格差の現状と変化を定量的に把握する。
- 実施したデジタル格差解消施策の効果を評価し、必要に応じて改善を行う。
国内外の取り組み事例
国内外では、既にデジタル格差解消に向けた様々な取り組みが行われています。例えば、欧州の一部の都市では、公共施設での無料Wi-Fi提供や、高齢者向けのスマートフォン・タブレット教室が広く実施されています。シンガポールのスマートネイション構想では、誰もがデジタルサービスの恩恵を受けられるよう、インフラ整備と並行して国民のデジタルスキル向上を重視した国家戦略が進められています。国内においても、自治体によっては、公民館等での初心者向けデジタル講座の実施や、マイナンバーカードを利用した行政サービスのオンライン化と並行して、スマートフォン講習会や相談窓口の設置を進める事例が見られます。これらの事例は、技術導入だけではなく、市民のデジタル包摂に向けた継続的な投資と努力が不可欠であることを示唆しています。
結論
スマートシティは都市の未来を切り開く可能性を秘めていますが、その推進過程で生じうるデジタル格差という「影」の側面を見過ごすことはできません。技術による利便性の向上は、それを享受できる人々とできない人々との間に新たな分断を生み出し、社会的な不平等を exacerbate するリスクを孕んでいます。スマートシティが真に持続可能で包摂的なものであるためには、技術導入と同時に、ユニバーサルなアクセス環境の整備、市民のデジタルリテラシー向上支援、サービスのユニバーサルデザイン化と代替手段の確保、そして多様な市民との対話と参加促進といった、デジタル格差解消に向けた積極的かつ計画的な政策アプローチが不可欠です。自治体は、これらの課題に真摯に向き合い、誰もがスマートシティの光を享受できる公平な社会の実現を目指していくことが求められています。